親たちの事の最近のブログ記事

親たちの事 散歩のハシゴ

 雨上がり、今日は4月の陽気になるとの予報。上着が邪魔なほどあたたかです。

親たちの事 三回忌

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 今日は父の三回忌の法要。これから母のところへ行って、弟の車でお寺へ。そして家族の食事会の予定です。

親たちの事 空耳アワー

 シンちゃんが存命だった頃もそうでしたけど・・・

親たちの事 片付け作業

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 片付けというより「捨てる」作業なんですが。

親たちの事 義母との散歩

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 暑さはいつの間にか去ったけど、まだそれほど寒くはないこの頃。散歩には快い季節になりました。

親たちの事 勿体ない空き家

バーリントンハウス吉祥寺?1?バーリントンハウス吉祥寺?2?バーリントンハウス吉祥寺?2? 
 スポーツクラブに行く途中にある、超高級介護付きマンション「バーリントンハウス吉祥寺」。経営母体が例のコムスンだったためか、今はここが無人となっているそうです。
 誰もがいつかゆく道であるし、人生の終焉近くになった時に安心して住める所を求めたいという気持ちを持たない人はいないでしょう。貧富の差はあっても、この気持ちは同じです。介護まっただ中に居る私は安心して親を任せられる施設を求めてやみません。そういう施設に恵まれた事を感謝する毎日でもあります。
 そんな親たちを思うにつけ、富裕層をターゲットにしたこの超高級マンションを見る度になんだか切ない気持ちになります。

親たちの事 実家の浴室@改造後

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取り替え工事完了後の実家の浴室
 5月9日に書いた「実家の改造工事」が先日完了しました。風呂場の浴槽取り替えが今回の工事のメインでしたが、先週半ば頃にそれは終わり、母は「お風呂に入りやすくなった」と喜んでいます。工期は約5日でしたが、一番大変なところを鳥取旅行にぶつけられたので、母のストレスは最小限で済みました。玄関に手すりと台も作ってもらい、一昨日支払いも済ませました。
 週明けには介護保険の手続きもする予定です。

 そんなに大きな浴槽に変わったようには思えなかったのですが、改築前の写真と比べると深さは浅くなり、縦長になったのが壁のタイルの模様で分かります。ブログに記録を残して良かったと思います。

親たちの事 羽田空港

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 滅多に電車にさえ乗らない私が23日から25日まで二泊三日の旅行をしてきました。実家の母を連れての空の旅。目的地に着いてからはのんびりでしたけど、行きと帰りの羽田空港に驚きました。

親たちの事 帰ってきた仲間たち

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オズの魔法使いのメンバーです 父が在宅療養していた頃、私の大切な宝物だったこの「仲間たち」を父に「お守り代わりに」と預けたことがありました。
 写真を拡大してご覧いただけば分かりますが、「オズの魔法使い」のキャラクターたち。ドロシー、子犬のトートー、ブリキの木樵、臆病なライオン、そしてかかし。
 この人形たちはパソコン通信をしていた頃に、ちはるさんというネット友達が私にプレゼントしてくれました。

親たちの事 実家の改造工事

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 父亡き後の母が一人で住む実家ですが、今月、改装工事が入ります。

親たちの事 お花見

井の頭公園・池と桜-1- 井の頭公園・池と桜-2- 井の頭公園・池と桜-3-
 義母を散歩に連れて行くおかげで、今年は井の頭の桜を何度も見られます。開花前から一日ごとにどんどん華やかになるのを追いかけているようです。
 今日はお天気も良かったので、池にはボートが浮かび、池の周りでは早くもシートを敷いてくつろいでいるグループがあちらこちらに。
 この週末くらいが花見のピークになりそうです。

親たちの事 母それぞれと

井の頭池そばのしだれ桜
 午前中から降っていた雨が午後には上がったので、少し肌寒かったけれど義母の散歩は井の頭池にかかる七井橋を渡り、しだれ桜を見に行きました。
 母にとっては懐かしい橋、懐かしい風景の筈ですが、期待する反応が見られないのはちょっと悲しかったです。でも、桜は生憎の天気にも関わらずとてもきれいでした。
 「きれいねぇ」という私に義母も頷いてくれたので、それがせめても・・・です。

親たちの事 父の一周忌

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 あれから一年が経ったのかと改めて「時の流れの速さ」に驚きますが、実際には1週間ほど早めの一周忌ではありました。

親たちの事 母とSUICA

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 実家の母がSUICAを知らないというので、今日、母のためにSUICAカードを新しく買って持って行ってやりました。

親たちの事 池の畔で

池のほとりで 風もなく日差しはあたたかだったので、義母との散歩はいつものコーヒーショップをやめて井の頭公園に下りてみました。
 公園への降り口はスロープになっていて、それがけっこう長いので大変だったのですが、下りる時には車椅子を逆に向け、私が先になって背中合わせになるようにしたらそんなに辛くはなかったです。むしろ上る時の力業にパワーを求められました。
 自販機で買ったあたたかい飲み物を池の畔のベンチで飲みながら一休み。義母にとっては懐かしい公園の風景だったはず。病院に戻ってから看護師さんに嬉しそうに報告する義母を見て、頑張った甲斐があったと私も笑顔になりました。ただ「大きな水車が回っていてねぇ。」とか見てはいない風景も報告する義母にハテナマークが私の回りに飛びましたけど、喜んで貰えたならそれが一番ですね。

親たちの事 コーヒーショップ

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 昨日、義母が転院しました。2年半お世話になっていたグループホームから、看護もできる病院(病院だから看護は当たり前ですが)の介護病棟に引っ越しました。

親たちの事 父のイーゼル

父が愛用したイーゼル-1- 父が愛用したイーゼル-2- 父が愛用したイーゼル-3-
 3月に亡くなった父は日曜画家でもありました。実家の二階には父がアトリエ代わりに使っていた部屋があり、そこには存命中の父が愛用していたイーゼルが残されていました。買えば高いものらしいけれど、父の他には家族の誰も父と同じ趣味を持ちません。絵の具だらけのイーゼルを「買えば高いらしい」という理由と、やっぱり父の思い出の品と言う事もあり、捨てがたいまま実家の二階にすておかれていました。「お掃除の邪魔なのよ」なんて、母の愚痴も聞きました。それで居て「お父さんの思い出の品だからすてられないわ」とも言う母です。
 絵を趣味にしている夫や私の知人の何人かに声をかけてもみたけれど、既にイーゼルを持っているという人や、欲しいけれど置き場所がない、とか運ぶ手段が、と理由はいろいろながら、適当な貰い手が見つからないまま過ぎました。
 一週間くらい前の事です。帰宅するとうちの留守電に私の友達からメッセージが入っていました。
 「イーゼルの貰い手が無くて困っているという話を思い出して、知人に話したら是非いただきたいという人が居るの。でも、その話を聞いたのが貴女からだったかどうか記憶が怪しいわ。違っていたらごめんなさいね。」と。
 早速「その話をしたのは私」と答える電話をかけました。それからはとんとん拍子に話が進み、今日、息子さんの大型ワゴン車で初老の男性が実家へ取りに来てくれました。在りし日の父と同じようにお仕事の傍ら、絵を趣味にしているというその方は実家にかかっていた父の絵数点だけではなく、母が織った佐賀錦のバッグや草履まで見ていってくれました。
 母も「良い方に貰っていただけて」と喜んでいました。みんなが父からのクリスマスプレゼントを貰えたようなイブになりました。

親たちの事 この頃の義母

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 9月に1週間、間を1週間あけて10月には3週間の入院生活をした義母でした。

親たちの事 小雨の中でも

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金木犀の大木 日曜日の緊急入院だったので、義母の正式な入院手続きは昨日済ませました。義母は鼻から栄養を取り入れるチューブを入れられて、苦しそうで痛々しかったです。チューブが通っているので、たぶん話すのも不自由と思われるのに、意識はいつもよりハッキリしているようでした。
 「今日は雨なのよ」真っ赤なレインスーツに雨のしずくをつけたままの言い訳をする私に
「いつまでも仲良くしましょうね。」なんて言うので、涙がこぼれてしまいました。
 今日は午後から主治医に義母の検査結果とこれからの治療方針について聞きに行く予定です。

 画像は昨日の午後、実家からの帰り道に見た金木犀です。小雨の中でも豊かな香りを放っていました。

親たちの事 秋も盛り

 9月の残暑が厳しかったので、今年は「あぁ秋」と感じる日が少なかったように思います。今日は生憎の天気だけれど、自転車を走らせていると香ってくる金木犀。彼岸花の盛りが過ぎると金木犀の香りというのは、この時期の約束のようです。

親たちの事 父の絵はがき

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 9月10日に「父を想う母の願い」というエントリーを書きました。今年3月に亡くなった父が十数年前に2枚の絵を描きました。その絵が当時新設されたホテルの絵はがきになり、その再販を母が希望しているという話でした。

親たちの事 義母、入院中です

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 先週から発熱していた義母が、昨日とうとう入院しました。

親たちの事 友達4人で

 17日の敬老の日、中学時代の友達と会いました。世話役を買って出てくれたのが柏在住の友達で、そのお宅ですっかりくつろいだひとときを過ごしてしまいました。

親たちの事 義母、風邪引き中

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 水曜日くらいから義母が熱を出しています。

親たちの事 父を想う母の願い

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 かなり以前の事なのだけど、父の描いた絵が絵はがきになりました。その絵はがきを再版することは出来ないだろうか、と母から電話を貰ったのは昨日の夕方でした。

親たちの事 義母と終戦記念日

 3年前だったか4年前だったか・・・去年や一昨年ではなかった事だけは確かです。でもその頃、既に認知症だった義母との会話でした。以前に掲示板には書いたかも知れません。

親たちの事 雨のやみ間に

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 先週末は台風が来たし、その後も梅雨模様の日が続いています。もうじき、この梅雨も明けそうですが。

 そんな中で飛び込んできた地震のニュースにも胸を痛めた今週でした。もしもあんな地震がこの地に襲ってきたら・・・義母や実家の母の事を思うと、他人事ではありません。被害に遭った方々を思うと、「雨で実家に行く機会が少なかった」とか「散歩が・・・」なんて贅沢すぎる悩みです。

親たちの事 父の遺品

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CASIOの電子辞書 CASIOの電子辞書-2-
 昨日、実家へいって母の捜し物を手伝っていて見つけた父の遺品の一つです。誰かに貰ったのか、何かのイベントのお土産だったのか、この電子辞書を貰った時の父の嬉しそうな顔をはっきり覚えています。
 「凄いんだコレ」と言いながら、操作して見せてくれました。何年前だったのでしょう。発病する前だったかも知れません。
 見つけた電子辞書は電池が切れていて、全く動きませんでした。母が捨てるというので、「電池が切れているだけで壊れていないかも知れないから、調べてみるわ」といって持って帰りました。
 夕方、買い物に行ったついでに電気屋さんに寄り、電池を替えて貰ったらちゃんと動きました。EX-wordというCASIOの電子辞書シリーズの初期の製品らしいです。おもちゃのようではあるけれど、和英も英和も漢字もそれなりに使えます。英単語のスペルゲームはけっこう遊べます。
 でもこの使い方を母に教えるのは大変そう。教えても母が使ってくれるかどうかは分からないのですけど、この次に実家へ行く時にお土産に持っていこうかとは思っています。弟が面白がってくれるかも知れませんし。

親たちの事 義母との散歩

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 カテゴリーアイコンそのままに、車椅子に乗った義母との散歩を楽しんでいるこの頃です。

親たちの事 ディサービス

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 実家の母にディサービスを勧めて居ます。今日、母と一緒に見学に行ってきました。

親たちの事 分かって下さい

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 シンちゃんの危篤状態が長くなってきました。動物病院に日参するようになって今日で8日目です。
 義母のところには夫が行ってくれているし、実家の母も週末には弟が顔を出してくれていたし、二人の母親たちの健康状態は良いとは言えないにしても急を要する何かがある訳ではないのですが。

親たちの事 母との一日

 ゴールデンウィーク明けの昨日、アサイチで義母のところへ行き、その足でそのまま実家へ。
 義母は「こんなところまで良く来れたわねぇ。道に迷わなかった?」と。
 義母にまで私の方向音痴を知られているのか、時々そんな風に言われてしまいます。義母のグループホームは迷わず行けます。この頃はにこやかな笑顔で迎えられるのが何よりホッとします。体調が良いのでしょう、きっと。

親たちの事 母たちと

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 昨日は朝から晴れ渡り、風も弱くて気持ちの良い初夏の日和でした。朝のうちに義母のところへ行ったら、ベッドではなくてみんなが集まる食堂でお茶を飲んでいました。自室のベッドで寝ている事が多い義母なので、それだけでも珍しいのですけど、スタッフが「朝からお風呂も済ませてご機嫌なのです」と行ってくれたので、嬉しくなりました。部屋のベランダにお布団を干しているのだとか。
 車椅子に座っている義母と話していたら「今、時間がある?」と言うので
 「ありますよ。何がしたいんですか?」と聞きました。

親たちの事 義母が歩きました

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 ここ数日、冬が戻ったような寒さなので、昨日あたたかめの衣類を義母の所へ持っていきました。退院直前に義母の衣類を整えた頃には、今よりあたたかかったものですから。

親たちの事 義母の退院

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 大腿骨骨折で1月5日に入院した義母が明日、退院する事になりました。

親たちの事 父を想う

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 父が亡くなって早いものでもう十日以上が過ぎてしまいました。亡くなってすぐの時には、慌ただしさで淋しさなど感じるゆとりもなかったのだけど。

親たちの事 葬儀を済ませました

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 父の逝去に際しましてはご丁寧なメールやブログコメントをいただき、有り難うございました。
 美しく咲く桜をはじめ春の花々に彩られて、お天気にも恵まれて、これ以上はないという背景のなか、無事に葬儀を終える事が出来ました。
 前のエントリーにも書きましたが、父の最期は本人にとっても見送る家族にとっても一点の悔いもないものでした。
 医療関係者の方々だけではなく、ヘルパーさん、それにここ数年間は自分で血液が造れなくなった父に注がれた血液は名前も分からない人々の善意そのものです。非力ながら父や母のために走り回っている私への励ましも大きな力になりました。改めて感謝申し上げます。有り難うございました。

親たちの事 父の危篤

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 朝、実家の母から電話がありました。父の様子が良くないと漠然としたいい方だったので予定を決めかねていたら、お昼近くになって昨日の夜から意識不明の状態になっているとの事で慌てて病院に駆けつけました。

親たちの事 義母の不調

 来週火曜日にグループホームのスタッフが義母のリハビリの様子を見に来てくれる予定になっていたのですけど延期になりました。

親たちの事 二月は逃げる

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 今更ですけど、時間の流れが速すぎます。昔から「二月は逃げる」と言われていましたけど、昨日のバレンタインディが2月前半の最後、今日が後半の始まりです。

親たちの事 義母のドラマ

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 病院へ行くと、ベッドの中の義母はたいてい眠っています。ベッドは平らになっている時もあるけれど、80度くらいに頭を高くした状態にベッドを折り曲げられて、身体を起こしている状態の時も多いです。でも、身体が起きている時でも私が行くと義母は眠っている事がほとんどです。
 眠っているのを起こすと可哀想かと思ったのですけど、看護士さんは「昼間は起きていた方が良いので、起こして下さい」と言うので吸い飲みにスポーツドリンク入れたのを用意して、起こします。
 水分補給すると、それだけで頭がハッキリするのか、やがてお喋りが始まります。これが最近の義母のご機嫌な時のパターン。

親たちの事 義母、これからの事

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 骨折してから約1ヶ月が過ぎました。9日に受けた金具で骨折箇所を固定する手術もうまくいき、当初のガーゼのゆかた式寝間着からパジャマになって、リハビリも日課になりました。

親たちの事 義母とその孫

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 入院中の義母は、その日によってなのか、行く時間帯にもよるのか、機嫌の起伏が激しいです。機嫌の悪い時に行き会わせると悲しくなってしまうのですけど、今日は超ご機嫌で話が弾みました。

親たちの事 それぞれの週末

 去年の12月5日から入院治療している実家の父が、この週末2泊だけ自宅に戻れることになりました。輸血頻度が高くなったので、通院治療では負担が大きくなり入院していた父です。年末年始にも帰宅は叶いませんでした。
 「もう家には戻れない」と嘆いていたので、この週末の自宅への「外泊」は主治医からのプレゼントのようです。先週は土曜日にも輸血でしたし、「今週は体調が良さそうなので」とのことでいただいたチャンス。
 母も久しぶりに帰宅する父のために父の好物を用意しているようです。

 義母も19日に抜糸が済んで、辛いリハビリに耐えている日々のようです。
「車いすに移るのは大変だったんですって?」
「そうなの。痛くて。あれはもう懲り懲りよ」
「早く痛くなく車いすに乗れたり歩けたりすると良いわね。
お母様は私と違って根性があるから、きっと頑張れるわ」
「根性なんてないわよ、私」
「そんなことないわ。根性がなかったらお茶の先生になんてなれなかったもの」
「・・・私の事をね、先生がお嫁に欲しいんだって。ここへ見に来るっていうのよ」
そこから先の義母の話は現実から遠くなってしまいましたけど、機嫌良くお喋りする義母に会えるのは私も嬉しいです。
「何か食べたいモノはないですか?何でも持ってくるから言って下さいね」
先日は握り寿司を義母が食べ易いように2つに切って持っていったのですが、「食べられないから持って帰って」と言われてしまったのです。
「何が良いか分からないから、好きなものを言って」という私に
「お気持ちだけで嬉しいわ。何も要らない」という義母です。
でも、この頃は気持ちが繋がる会話が出来るので、幸せな気持ちで病院から帰る事が出来ます。

親たちの事 義母とお寿司

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 9日に大腿骨の固定手術を受けた義母はまだベッドの中だけの生活です。高齢のためか抜糸も遅れているようですが、痛みは少しずつ軽くはなっているようです。
 ベッド上でのリハビリはマッサージや足を少しずつ動かしたりする程度のようですが、それは辛いらしく「この病院に居たら殺される」なんて事も時々言ったりします。悪態つけるのは元気な証拠かしら、と思っていますが。

親たちの事 緊急時の備え

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 義母の手術は9日午後3時ころから行われ、ほぼ成功でした。バタバタと忙しくてブログも疎かになってしまっていましたが、義母の骨折以後は6日以外は好天だったので、それが何より有り難かったです。入院翌日の6日には夫と二人、義母の骨折状況と今後の予定を担当医に聞きに行ったけれど、身軽なふたりの移動には雨はそれほど影響はしませんでした。義母を運んだり、荷物を持たなくて良い時の雨で助かりました。

親たちの事 大腿骨頸部外骨折

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 義母がお世話になっているグループホームのスタッフから電話があったのは4日の夜9時を少し過ぎた頃でした。

親たちの事 貧乏性のルーツ

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 先週火曜日から実家の父がまた入院しています。今年は1月からずっと入退院を繰り返している父なのですけど、もしかしたら今回は最後の入院になるのかどうか・・・医学的データだけを見ると十分危篤と言える状態なんですけど。

親たちの事 美容院で

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 ロングの時には縁がなかった美容院ですけど、ショートにしたらそういう訳にはいかなくなりました。寒くなってきたので長めでも、という訳にもいかず、余りにもっさりしてきたので行ってきました。

親たちの事 「好き」と言われた

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 抜けるような青空で明るい日差しなのに、外へ出てみたら強くて冷たい風。もう少し厚手のジャンパーを着てくれば良かったと思いながら、義母のグループホームまでの道を自転車で。
 3週間前の事故の事もあるので、この頃の私の自転車はかなり慎重になりました。

親たちの事 義母の誕生日

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 若い時と違って誕生日が来るのはめでたくはない、と言う人が私から見たらずっと若い人たちにも多いと思うこの頃です。

親たちの事 親たちの事

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 義母と実家の両親。近いか遠いかは別として将来私が看取らなくてはいけない親たちは3人居ます。

親たちの事 一日→一泊二日

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 実家の父のことです。退院後、毎週水曜日に病院へ行き丸一日かけて検査と輸血治療を受け夕方帰宅するプランの2回目の今日でした。夕方、父の(1日だけど)退院手続きや会計、そして父を家まで運んでくれる車へ乗せるために、夕方病院に行くつもりでいたら、午後2時頃父の担当医からお電話をいただきました。

親たちの事 彼岸花

玉川上水の彼岸花 この時期どこでも見られる彼岸花で、さして珍しくもないのですけど、昨日の午後、父のケァプランについての話し合いがあるというので実家へ行く途中で撮りました。上水の柵から半分身を乗り出す形で撮った彼岸花です。もっと上手に撮れるようになりたいなぁ。

親たちの事 在宅看護・介護

 6月1日から入院していた父が今日、退院してきます。退院には義妹が付き添ってくれます。私は明日、義妹が預かって来る事になっている医療情報書を実家近くのかかりつけのお医者さんの所へ持っていく予定。

親たちの事 町内会からの敬老お祝い

 敬老ネタをもう一つ。88歳の義母が町内会からお祝いをいただきました。お祝いの中身は地元井の頭商店街で使える金券1000円分です。
 このお祝い、たしか昨年までは70歳以上の人には送られていたような気がします。今月いっぱいまで町会のお当番を受け持っているので、もしも昨年並みにお祝いが配られる事になったら、それを該当する各戸にお届けしなくてはいけない仕事が当番の役目になります。当番としては「やれ、助かった!」なのですけど。
 たぶん今年から(もしかしたらもっと以前からかも知れませんが)町会からの敬老のお祝いは70歳、77歳、80歳、88歳(義母はこれにあたります)、90歳、99歳以上に届けられるようです。卒寿、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿、そして100歳以上は全員ということになるようです。
 僅かと言っても70歳以上には全員だったお祝いが区切りのお祝いの人だけに限定されたのは、それだけ高齢者人口が増えたという事の現われかも知れません。

親たちの事 誕生日の偶然

 敬老の日がハッピーマンディになったのはいつからでしょう。以前は9月15日で、ちょうど実家の父の誕生日。昨日がそう。昨年の父の誕生日には今年の誕生日を迎えられる事など考えられなかったのだけど、昨日の誕生日で84歳になった父は85歳の誕生日だってめでたく(?)迎えられそうな気がしています。
 以前にどこかに書いたような気がしますが、弟のお嫁さんの両親共が年齢は違いますけど同じ9月15日が誕生日。弟にとっては義父母にあたる二人が自分の父と同じ誕生日です。そして弟の長男も9月15日が誕生日。つまり弟にとっては実の父、義父母、長男が皆同じ誕生日という訳です。一人の誕生日が「その日」になる確率は365.25分の1だけど(念を押すまでもないけれど0.25は2月29日の分です)身近な人たちが同じ誕生日になる確率は365.25の累乗って事になるのかしら。弟にとってはスゴイ確率かも。尤も弟の義父はもう十数年も前に亡くなっているのですけど。
 父の誕生日だった昨日は実家に弟夫婦と9月15日が誕生日の甥っ子が集い、入院中の病院から外泊で自宅に戻っていた父と夕食会だったそうです。

親たちの事 父の退院予定

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 6月1日から続いていた父の入院生活でしたが、一応今月21日に退院が決まりました。勿論病気が治っての退院ではありません。入院の動機そのものが父の治療というよりも、夏に弱い母なので、暑い間だけでも介護の負担を軽くしようという事でした。
 その意味でも夏中の入院生活を許してくれた城西病院には感謝してもしきれない思いで居ます。
 今日はまだ蒸し暑いけれど、21日頃になれば今よりは凌ぎやすい気候になっている事でしょう。家で過ごしたい父の望みを叶えてあげたいという気持ちは母は勿論私にもあります。ただ、入院生活中は衣食住、治療、入浴に至るまで全て病院側で万全の体制で看護介護をしてくれたので、楽に慣れた母が父の介護生活に戻るのは大変だろうなと、それが気がかりです。
 母は大丈夫と言うし、父も私の「家に帰ったらなるべくお母さんには負担をかけないでね」という言葉に「あぁそうする」といってくれたのだけど。入浴の解除や父の寝室の掃除などはヘルパーさんを手配したし、私も出来るだけ出向くようにはしようと思っているけれど。
 なんて、先の苦労はその時にすれば良い、というのが私の信条だったはずなのに、これでは完全に取り越し苦労ですね。

親たちの事 父の入浴

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 午前中、父のところへ行ったらちょうど私が帰る頃に看護士さんがやってきて「早めですけど入浴に行きましょう」と。
 「良かったらご覧になりますか?」と私にお声をかけて下さったので、「宜しいですか?」とついて行きました。入浴など究極のプライバシーですけど、実の父がモデルと言う事でここまで撮らせて貰いました(^_^;)。

親たちの事 荻窪?四面道の歩道

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整備された道 工事痕の傷だらけの道
 「公会堂の辺りだけはきれいな道だけど、他はひどいの。歩きにくくて苦労しちゃった」という母の電話での訴えが、私にはとっさに理解出来ませんでした。

親たちの事 療養病棟

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 先週木曜日から父はそれまでの一般病棟から療養病棟に移りました。病棟が変わったと言っても、同じ病院内の2階から4階に移っただけです。建物内の位置もほとんど同じ、垂直移動したようなものです。

親たちの事 中止になった花火見物

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 昨夜は調布の花火大会。微妙な空模様だったけど、小雨決行ということだったのか8時前後には花火のポンポンという音が我が家にまで聞こえてきました。うちより調布に近い義母のグループホームでは、屋上での花火見物が恒例になっているらしく、昨年もこの日には屋上で花火見物をしました。

親たちの事 底紅の木槿

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庭の木槿 画像は庭に植わっている木槿。義母が元気な時には、この季節の茶室に良く飾られていました。夏の茶室に良く似合う底紅の木槿でした。続く話はまったく別のこと。暗くて、楽しい話ではありません。それに長くなりそう。

親たちの事 父の再入院

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 先月27日に退院した実家の父が今日、同じ病院に再入院しました。

親たちの事 義母の不機嫌

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 公開のブログに書くべきではない、心にしまっておくべきか、と迷いつつ。

親たちの事 先の事を考えると・・・

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 父が27日に退院予定です。厚生省のお達しとかで、長期入院が出来ないシステムになっているのはこの城西病院でも同じ。
 でも、我が家の事情を必死に訴えてお願いしたおかげで7月3日からの再入院を認めてくれました。とりあえず2週間ということではあるにしても。

親たちの事 入院のリスク

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 父が入院している荻窪の城西病院は、老夫婦二人暮らしで病身の父の看護していて、倒れる寸前だった母を助けてくれた「救いの神」という私の認識でした。母にとっての救いだけじゃなく、外来で東京女子医大で輸血治療を受けていた父にも、入院治療は救いだった筈です。

親たちの事 離れていても夫婦げんか

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 昨日、父の病室を訪ねたらちょうど母から電話がありました。父の病室には電話までついているのです。なんとサービスの行き届いた病院。ですが、これが裏目に出る事もあるんですよね。テレフォンカードを持って、談話室の公衆電話・・・だったら、どちらからもそんなに頻繁には電話をかけられないのに。

 私がはじめに出て、ちょうど母に伝えたい事もあったので、そんな話をしていたら父が待ちきれない様子。代わったら、最初は「お母さんは身体の具合どうだ?」とか、「今まで着替えとか忙しかったんだ」なんて甘い調子だったのに、だんだん父の表情がこわばってきて「うん、うん」なら良いんだけど「そうじゃないんだ。」「ここでも、看護士の世話にはなってない」とか「オイオイ」という受け答え。

 適当なところで代わって貰って、早々に電話を切りました。電話を切った後で父が思いっきり「お母さんは口を開けば文句ばかり言う」「誰のために入院してやってると思ってる」なんて悪口。

 父には「入院はしたくなかったのに、疲れ切っている母を助けるために自分が犠牲になった」という思いが強いのでしょう。たしかにその部分も大きいのだけれど。こんな時には母の肩を持っては逆効果なので、調子を合わせたけれど、思いっきり我が儘な父をあの非力な母がよく支えてきたなぁと思いました。
病院側が許してくれる間、この病室は確保したまま、時々父の気分転換に自分の家に「外泊」する程度で、長く入院生活が続けられると良いなぁ、と思っています。

親たちの事 入院2週目の父

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 6月1日(木)に入院した父は、今日から2週目に入りました。とても個人的な内容だし、楽しくはないのですけど、書かずにいると忘れてしまいそうなのでメモしておきます。

 1日目:1日に入院したので何日目か、というのと日付が同じなのが覚え易くて、忘れっぽい私には都合が良かったと思います。入院時には朝実家へ自転車で行って、実家からは車を呼んで母と私が付き添って行きました。入院当日でしたけど、毎週木曜日が入浴日とのことで、父は午後からお風呂に入れて貰えたようです。機械浴で寝ながら入れるお風呂とのことだったのですけど、父は快適だったと言っていました。母と荻窪駅までタクシーを求めながら歩いた道筋のラーメン屋さん。「お腹がすいたわ」という母の言葉で思わず入ったのだけど、まずかった。ラーメン屋さんから出て割にすぐにタクシーがやってきたので二人で実家へ戻りました。

 2日目:午後から母と義妹が父の見舞いに行った時。父が「病院は淋しくていけない。家に帰りたい」とごねたらしいのです。そりゃ分かるけど、倒れる寸前だった母が父の入院のおかげでやっとゆっくり休めるとホッとした矢先だったので、父の言葉を伝え聞いてガックリきました。暫くは母に父の病室は訪ねてはいけないと、申し渡してしまいました。

 4日目:弟が行って、病院の車椅子で父を外に連れ出してあげたらしい。それと共に、想像だけど弟が「何故入院が必要なのか」を改めて父に言ってくれたのだろうと思います。「暫くここで我慢する。その間お母さんには休んで貰う」と父が言ってくれました。

 5日目:月曜日。入院後、最初の輸血。私も行って立ち会いました。東京女子医大の外来での輸血と違って、いきなり血液ではなく生理食塩水を点滴して血管から漏れていないかきちんと確かめてという(ちょっとした)気遣いにこの病院の優しさを感じました。気のせいか、血液の色も新鮮そうに見えました。

 6日目:「梅サワー&大忙しの今日」に書いた通りの一日。昨日無事に輸血を終えてやれやれと思った父が鼻血を出してしまいました。午後から私も駆けつけたのだけど、なかなか止まらず、夕方からは氷枕を使いました。

 7日目:鼻血はどうやらおさまりました。

 8日目:今日です。朝、父のところに行きました。鼻血もおさまったし、今日はお風呂に入れて貰える予定の日。病院で介助付の入浴は週に一度なので、貴重な入浴日です。鼻血は止まったので、ナースステーションで入浴させて貰えるように確認したら「その予定です」と。あぁ良かった、と思っていたらその後すぐに看護士さんが部屋にやってきて、「鼻血のせいもあると思いますが、貧血が進んでいるので、今日はお風呂よりも輸血をしましょう」とのこと。父も私も「その方が良いでしょう」ということで、お風呂はナシでその代わり輸血が終わったら清拭してもらう事になりました。お風呂も大事だけど優先順位を考えたら輸血の方がもっと大事です。

 それにしても入院中はリアルタイムで父の血液の状態もチェックして貰えるし、通院なら次回の予約をするだけだけど、臨機応変に輸血回数を増やして貰えるのは有り難いと思いました。

 実家の母は、父の入院後にいっぺんに今までの疲れが出たらしく、ヒマさえあれば眠っているらしいです。身体の弱い母が、よく今まで頑張ってきたなぁと思うと、可哀想でなりません。

親たちの事 義母の衣類

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 日によって天候によって着たいと思うものが全く違う天候不順な毎日ではあるのだけれど、いくら何でもセーターはもう着ない季節になりました。それでも、義母のところへ行くと冬に着るような(といっても室内の活動だから、そう厚手ではないのだけど)セーターを着ている事が多いのです。

 ヘルパーさんが薄手の衣類を勧めても「これが良いの」と言って着て、それでも快適なら良いけれど汗をいっぱいかいていると言います。私が持って帰ろうとすると「ダメッ!余計な事はしないでちょうだい。置いておいてっ」と騒ぐ義母。騒がれるのは良いけれど、義母自身がストレスを強く感じているのは可哀想なので、夫が行った時に少しずつ取り替えて貰ったりしてはいました。
セーター3枚とパジャマでも、今日は残っていたセーター3枚と厚手のパジャマをヘルパーさんとのチームプレイで無事回収してきました。やれやれ。良いお天気なので洗って今ベランダに干しました。

 こちらから持っていくものを置く事には「悪いわねぇ、こんな良いのを」なんて喜ぶのですけど、衣類1枚でも引きはがすのは大変なんです。人間ってそういうものなのかなぁ、なんて考えちゃいます。

親たちの事 父が再入院します

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 父が再入院します。というより「再入院出来る事になりました」という表現の方が今の私の気持ちには近いものがあります。

 1月20日、東京女子医大の外来での輸血治療中に急変した父は、そのまま東京女子医大に緊急入院し、その後板橋中央病院に転院しました。その後の調べで1月20日の急変は輸血用の血液に雑菌が混入していたことで急性敗血症にかかった為と分かりました。一時は危篤状態に陥った父がその症状から生還出来たのは、病院側の素早い対応だったと言いますが原因そのものが医療側の不手際だったのだから、それもナンダカという思い。

 それはともかく東京女子医大でも、その後転院した板橋中央病院でも、自力で血液が造れないという理由で輸血治療を受けているだけの父を長くは入院させてはくれなかったのでした。このブログにも何回か書きましたけど、高齢者夫婦二人だけの暮らしの実家では、父の看護で母が共倒れ寸前での父の入院でもあったため、「地獄で仏」要素も大きかった入院なのでした。そんな訳で出来れば父には長く入院していて欲しかったという患者の家族としての気持ちもありました。

 でも、それが「医療の平等」の名の下に退けられ、2月末以降、私の「父の受け容れ先探し」が始まりました。久我山病院、武蔵野赤十字病院と、討ち死にしたあとで一筋の光明のような城西病院へ、今日父が入院します。入院出来ます。

 城西病院では今まで東京女子医大の外来で受けていた輸血治療を引き継いでしてくれます。医療情報提供書が回っているので、今までの投薬も、当然引き継がれます。外来での長時間の輸血が大変だった父も入院治療だと楽になるでしょうし、何より父から解放される事で母の負担が軽くなります。

 とてもとても有り難い城西病院への入院を前にして、ここまでこぎ着けるための苦労を思い出すにつけまだ「本当に大丈夫なのだろうか」という不安を拭えないでいる私です。城西病院で相談に乗ってくれた血液内科担当の医師は東京女子医大から派遣されている先生だし、その先生が受け容れてくれたというのに、信じられない気持ちがどこかにあるのは何故なんでしょう。今日、父を連れて病室に父を寝かせてきたら、少しは安心出来るのでしょうか。

親たちの事 切ない母の日

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 朝一番で義母のところに行きました。カーネーションの小鉢を持って。

 「今日は母の日なのよ」と言ったら
 「わたしはお母さんじゃないのに」なんて言うので
 「産んでは貰ってないけど、育てて貰ったじゃない。お茶も教えて貰ったし、いろんなこと・・・」
 「そうねぇ、あの頃が一番良かったわねぇ」

 なんだか悲しそうに見えた母の日の義母の顔でした。それでも「いつまでも元気で、いつまでも仲良しでいようね」と言ったら微笑んで「気をつけて帰ってね」と言ってくれました。

親たちの事 お花見

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 義母がお世話になっているグループホームのお花見でした。場所は深大寺。3月半ばくらいに4月8日か9日、どちらかお天気の良い日にという予定を聞いた時には、桜にはちょっと遅すぎるんじゃないかと思いました。でも、深大寺境内のしだれ桜がとてもくきれいでした。0409sakura.jpg
 グループホームのお花見は車いすのお年寄りが多く、現地への送迎だけでもひと仕事。お食事処では席に着くだけでも大仕事だし、団体客に慣れていなそうな店の対応も悪いし、食事を待つ事が大変な高齢者たちばかりでスタッフの普段のご苦労がしのばれました。食事時間も入れて、現地で過ごしたのは2時間強でしたけど、義母も久しぶりに夫や私と一緒に散策したり食事をしたり、楽しそうで饒舌でした。

 写真を撮るよりもビデオカメラを回し続ける方が楽だったので、この画像はビデオからのスクリーンショットです。

親たちの事 父の受け容れ先

 昨日一番のニュースはコレのハズだったのです。ところが突発事故があまりにショッキングだったので、投稿順も後回しになってしまいました。
 新聞やテレビのニュースでも、こんな事があるのでしょうね。突発的な大事件のために、本来トップ記事として載るはずだった事がボツになる・・・みたいな。
 ブログだし、以前に父の入院先を求めて苦労している事を書いたので、ご心配下さっている読み手の方もいらっしゃると思うので、遅れましたが昨日の報告は書かせていただきます。

 昨日は冷たい北風だったのですが、朝イチで自転車すっ飛ばして荻窪の城西病院に行って来ました。片道30分。東京女子医大の血液内科、父の主治医からの医療情報提供書はバッグの中。ちず丸サイトで表示させた地図を切り貼りし、プリントアウトした吉祥寺から城西病院までのおかしな地図を持って。
 9時からの診察に、受付は8時15分。受診は10時をちょっと過ぎた頃でした。城西病院には週に一度だけくるという血液内科の先生は、医療情報提供書を熟読して下さり、また私の話も親身になって聞いてくれました。
 女子医大の先生には「受け容れる事は可能です」という返信を出してくれると言ってくれました。私には「部屋の希望はありますか」とまで聞いてくれました。とっさに「空いている部屋なら、どこでも」と言ってしまった私です。
 今すぐという事じゃなくても、父が、そして父を看ている母が外来治療と看護に潰れる前に、受け容れてくれる病院が見つかったのです。私の肩の荷が下りました。

 こんな良いことがあった後に、帰り道に寄ったスーパーで遭った災難は、「あんたの気持ちに免じて聞き届けてあげよう。その代わり、一人の老人を怪我から身を挺して救ってくれ」と神様が交換条件で災難を与えて下さった・・・なんて書くと叱られるかしら。

親たちの事 父とは相性が悪いのかしら

 父が入院していた時には「この家に一人で居るのは淋し過ぎる」「お父さんを家で看ていた方が気が楽」なんて言っていた母。入院する前の母は、健康を害して膀胱炎一つも完治出来なかったのに。足の治療にも入院中には今までの不足を取り戻すように週に2度も通えた母でした。
 父が退院して今日で2週間ですが、早くも息切れがしてきたようで「このままではお父さんより先に私が死んでしまいそう」なんて言います。母の大変さは分かるのだけど、母の言葉を聞いていると真夏には「こんな暑いのはイヤ、私は冬が好き」と言って、冬になると「暑さは耐えられる、冬の寒さは耐え難い、夏の方がが好き」と言う人みたい、なんて思ってしまいます。
 娘の立場が客観的とは言い切れないのだけれど、父にとっては通院治療も大変だし、母はこの通りなので、出来ればどこか安心して入院加療をして貰える病院はないかと奔走していたこの頃でした。医療情報提供書がなければ話を持っていけないので、主治医にそれを発行して貰うのも一苦労なのです。
 今まで、久我山病院、武蔵野赤十字病院、と空振りに終わました。昨日貰ってきた医療情報提供書は荻窪の城西病院宛。ここもたぶん、久我山病院と同じ結果でしょうけど。
 そんな話をしていたら、「城西病院なんて行きたくないぞ」から始まって、何だか勝手な事を言い始めた父。
 「お父さん、城西病院に入院なんて出来ない可能性の方が高いの。基本的にはうちで療養しながら、外来で治療して貰うのよ。何かあった時には救急車で女子医大に運んで貰って入院するようになると思うわ。」なんて事もつい言ってしまった。
 父の機嫌も悪かったし、私も父にとって楽しい話をしなかったのは悪かったけど。
 父のために母のために、無駄玉だと分かっていても走り回って打ち続けなくてはいけない、なんて思っているのは私の独りよがりなのかも知れないなぁと少しヘコみながら帰りの自転車を走らせながら思いました。
 あちこちで梅が盛りでした。白、赤、ピンク、どれも春を謳歌しているようでした。明日からはまた寒さが戻ってくるらしいです。

親たちの事 入院先探し

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 緊急入院時の急性敗血症が入院治療によって治り、症状が安定した後は定期的な輸血以外は特別な治療が要らなくなった父でした。輸血だけのために入院を続けさせられないと言う病院側からの要請で、先週土曜日に退院してきました。
 急性の病気が治ったのは喜ばしい事には違いないのですが。

親たちの事 入院って難しい

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 東京女子医大から板橋中央病院に転院し、昨日はその担当医と「今後の治療方針」について話し合うとの事だったので、母や弟夫婦と共に私も同席しました。
 女子医大で長くお世話になっていた先生は中年の男性でしたが、板橋中央病院で父を担当してくれていた先生は可愛らしい若いお嬢さん先生だったので、私はそれだけでも驚いてしまいました。

親たちの事 母のさびしさ

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 滅多にない事なのだけど、仕事の依頼が入って午前中いつもよりちょっと頑張りました。大した仕事でもないのに、普段しない事をしたらくたびれたので、スポーツクラブで泳ぐ予定はナシにしてお風呂だけ入りに行きました。泳がなかったからのだから、帰りに実家へ行って母の顔でも見に行こうかと思っていたけれど、外に出たらまだ小雨が止んでなかったので、そのまま帰宅。

親たちの事 転院1週間目の父

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 先週火曜日に東京女子医大から板橋中央総合病院へ転院した実家の父を見舞ってきました。

親たちの事 家で死にたい?

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 入院は出来たものの、危篤状態を脱したとたんからずっと追い立てられているような焦燥感で、「この後どうしよう」と思っていた私を含めた実家の家族でした。
 父のことも在宅介護では無理な状態になってきているし、介護で倒れる寸前だった母の事もあるし、今週前半は転院先を探す事が我が家の課題でありました。
 でも、主治医の先生もそんな事情を考えて下さったようで、やっと転院先が決まりました。

 来週火曜日に板橋中央病院に転院します。我が家からは勿論、実家からも遠くて大変なんだけど、この際そんな事は言ってられません。受け入れてくれて、父の治療をして貰えるんだもの。
 最期の時をどう迎えるか、どう迎えさせてあげるか、なんて考えた事もなかったけれど、「家で死にたい」なんて簡単ではないと思うこの頃です。

親たちの事 父の入院

 父が緊急入院してから、もうじき2週間になろうとしている。外来での輸血治療中の急変から一時は危篤状態に陥り、そのまま入院したのだけれど、その危機状態が落ち着いたら退院して欲しいとの東京女子医大の意向のようです。救急指定病院ということもあるし、治療を待っている若い患者さんたちのことを考慮すると、治る見込みのない高齢者にベッドを長く塞がれているのは望ましい事ではないというのも分かる気はするのだけれど。
 身体の弱い母が、父への長い介護生活で疲労困憊していたので、今回の入院は父にとってはともかく母には救いの手のようなことでもあったのです。そういう訳で、父の次の受け入れ先を探している最中です。
 ここからはちょっと違う話。

親たちの事 思い出の雪になる?

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 今朝、一面の銀世界を見てセンター試験の足を阻まれている受験生の皆さんや、この雪のために困っている方々には大変申し訳ないのだけれど、「あぁ、この雪が今日で良かった」と胸を撫で下ろした私です。

親たちの事 父に謝られた

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 10日ほど前に母が膀胱炎に罹って、父は勿論、弟夫婦も私も大騒ぎだった。幸い、その後の母の経過はまずまずで、もうその心配はなくなったのだけど、私の方が後遺症なのか疲れを感じるこの頃です。
 どこがどう、という不調ではないのだけれど、なんだかいつもの元気が出ない。そうは言っても、ちゃんと寒風の中自転車漕いで義母のところや実家にもいけるのだから、体力が衰えている訳じゃなくて、きっと気力が萎えてるだけなのだろうと思います。
 年末、父の輸血治療の付き添いについて、10日(土)に家族みんなで話し合って決めた事を、父が勝手に変更してしまったことから、私がキレました。先週末の事です。父に文句言ったり喧嘩したりする家族なんて他に居ないし、私も滅多なことでは怒ったりはしないのだけど、今回は思いっきり怒った。
 何でも、誰にでも、自分の言い分を通して来た父は面食らっただろうし、父もその時は私以上に怒ってはいました。でも、その後、ファックスも出して、父の思い違いを諭して、父に言われた事を「謝るまで私は許さない」と強硬な姿勢を母経由で伝えたら、昨夕、父から電話がかかってきて「悪かった。思い違いをしていた。」というのです。
 今日も実家に用事があって行ったのですが、私の顔をみるなり「悪かった」と。

 勿論私の主張は正しいしと思っているし、父が謝らなくては絶対許してやらないとも思っていたのだけど、何だか後味が良くない。怒っていたピークの時は「いくら病気だ、年寄りだといっても、甘えるのもいい加減にしろ。言って良い事と悪い事がある」と思ったし、言いもしたけれど、素直に謝られると、それはそれで力が抜ける。溜飲なんて下がるモノじゃない。

 そんな父なんだけど、弟には「付き添って貰う間、長い時間をどう潰すのか、申し訳ない」なんて言う。何度も付き添っている私には、そんな気遣いをする言葉なんて貰った事がないのに。娘ってなんだろう・・・と思うのです。

 今日、実家に行ったら母がヘルパーさんに「娘って良いのよぉ。あなたもお嬢さんが居て良いわね」と言うので「娘を持つのは親にとって良いのかもしれないけど、息子は大事にされても娘はこき使われるのよ」とイヤミを言ってしまった。優しさのない根性悪の言葉が出るのは体調が下り坂の証拠かもしれない。

親たちの事 戦利品

←クリックすると拡大画像が表示されます。
 鮮やかな花がいっぱいついたデンドロビュームの鉢。夫がゴルフの賞品でいただいてきました。うちでこの写真を撮った後、夫が自分で義母のグループホームに持っていきました。スタッフも同じフロアの義母のお仲間たちも喜んで下さったそうなのですけど、義母は美しい花を喜ぶ感性が少し乏しくなっているらしいです。夫が「ばぁちゃんはあんまり嬉しそうじゃなかった」なんて言っていました。
 お茶を愛し、季節毎に床の間に花を絶やさなかった義母なのに、なんだかちょっと淋しいです。
 でも、夫が「参加賞は地元のパン屋のパンだったけど、こっちの方がばぁちゃんのところへ持っていけるから、と頑張った」なんて言うので、その夫の気持ちが私には嬉しいです。淋しい事より嬉しい事を数えなくちゃね。

親たちの事 実家の母の不調

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 一昨日の夕方、実家の母からの電話で「どうも膀胱炎らしい」とのことで、今朝、早くから実家へ行ってきました。一昨日の電話では「ヘルパーさんに薬局から漢方の膀胱炎のお薬を買ってきて貰った」と言ってたので、「ともかくあったかくしてなるべく休んで・・・」と伝えたけれど、「休んで」と言われて休める母の環境ではない事は言ってる私が一番良く知っている。
 実家に着いたのは7時40分くらいだったけれど、案の定、寒さの中、ゴミ出しで大きなビニール袋をかかえて集積場まで持っていく所でした。母からゴミの袋を奪って出して来て・・・から始まって、午前中いっぱい色んな事が出来ました。
 買い物に代わりに行ってきてあげられたのも良かったけれど、一番の成果は「夜になるとお風呂に入る元気もなくなる」という母を「お風呂から上がった後、昼食までに一眠り出来るから」と半ば強引にお風呂に入れてあげられた事が良かった!その間、宅配便は来るし、ダスキンの取り替えや、父の看護士さんなど、ひっきりなしに鳴る玄関チャイム。私が居なかったらお風呂なんてとんでもない、休む事さえ出来なかった母だっただろうと思います。
 途中で、背中を流して上げたけど、母の背の丸さにちょっとほろりとしてしまった。この小さな丸い背中に、負いきれない荷物を背負わされている可哀想な母。
 私も過去に何度か膀胱炎に襲われた事があるので、非常用の薬も持っていった。お医者さんに行って処方して貰っても、この薬と大して変らないものだろうし、お医者さんの往復や待ち時間、薬局に行くだけでも大変だから家に居て休みなさい、と言えたのも良かった。
 バタバタと忙しかったけれど、親孝行が出来る幸せも少し感じながら帰ってきました。

親たちの事 実家へひとっ走り

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 たいてい午前中に行く実家ですけど、今日はヘルパーさんが父の入浴介助をしてくれるというので、ヘルパーさんの手伝いを兼ねて行ってきました。朝、自転車を突っ走らせる時の風の冷たさと、夕方戻ってくる時の寒さと、何となく違うんですよね。
 夕方の寒さには心急かされるものがあるような。
 ヘルパーさんはまだ若いお嬢さんなのだけど、手慣れたもので、私の手伝いなんて要らなかったのですけど、下着やパジャマの替え、脱いだ衣類の洗濯など、母がしなければならない部分を手助け出来て、それはそれで良かったです。
 ちょっとくたびれ気味の母ですけど、私の顔を見るとあれやこれや、いっぱいお喋りをします。喋ると少しはストレス解消になるのかな。
 父は午後の入浴、気持ちが良かったみたい。すっきりした顔でコーラを飲んで、私が帰る時には気持ちよさそうな寝息を立てていました。

親たちの事 義母との会話

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 日曜日に行った時には「父さん(夫の事。義母にとってはたった一人の息子)に会いたい」といっていたので今日は夫に義母のところへ行って貰おうと思っていたのに、直前になったら仕事があるからお前が行ってくれって。
 義母は自転車飛ばして行った私の冷たい手を両手で握りしめてあたためてくれて、「母さんは可哀想。可哀想」といって頭もなでてくれました。
 何だかじんとしちゃう義母の言葉。夫のことは今日は一言も(^_^;)。
 「身体に気を付けるのよ」という義母。そして「食べ物に気を付けてね」とも。私の貧弱な身体を思って、「もっと食べた方が良い」と思ってくれているのかと考えていたら、「あんまり食べちゃダメよ」だって(^_^;)。

親たちの事 カレーライス

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 午前中に義母のところへ行きました。歯ブラシを新しいのに変えたり洗面所の掃除を私がしている間、義母は食堂のテーブルの所に座ってお茶を待っていました。そこへ厨房スタッフがやってきて、ブロックのスタッフとお昼の相談をしていました。
「昼食はカレーなんですけど、おかゆの人はどうしましょう」
「おかゆの人はやっぱりおかゆが良いですよねぇ」
「おかゆにカレーをおかずですかねぇ」
なんて会話。
それを聞いていた義母が私の所へやってきて
「お昼はカレーなんだってよ。ママ(私のこと)も食べていきなさいよ」
私の分までは用意してないと思うから・・・とご辞退して帰ってきましたけど、カレーは義母の好物です。ぼちぼちお昼時。カレーを嬉しそうにいただく義母を想像しながら書いています。

 今日は義母の誕生日でした。88歳。いわゆる米寿なのだけど、長生きが嬉しいだけではないという思いもあって、気持ちは複雑でした。
 それでも、朝一番で、義母のお友達が昨日届けてくれたブーケやお菓子を持っていったら嬉しそうでした。こんな気持ちで義母の誕生日を迎えたのは初めてでした。
 お昼ちょっと前には実家から電話があり、母が自分の治療のための整体院への出かけようと思った矢先に父が鼻血を出したとかで、パニックした様子。幸い良いお天気でもありましたし、急遽実家へ自転車を飛ばしました。着いてすぐタクシー呼んで、母を予定通り外出させてやり、その後は汚れたシーツやカバーの洗濯も好天が幸いしました。父の鼻血も少し頭を冷やして綿球を詰めていたら、止まったようでした。母が居ない間、眠っていたようで、それも良かったのかも知れません。パニくると血圧が上がり、出血も止まりにくくなりそうです。ただでさえ、血小板が少ない父だし。
 私が着いた時には、父の我が儘を訴えていた母も、外出から戻ったら穏やかないつもの顔に戻っていました。
 親孝行が出来る幸せを大事にしたいと思った秋の一日。それにつけても自分自身が健康である事を感謝したいと思います。回りの人間を幸せにするためには、まず自分が幸せでなくちゃ。つくづくそう思います。

親たちの事 今日も晴れじゃないですか

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 天気予報では今日は雨と言ってたけれど、朝から良いお天気。布団だって干せそうな日差しです。台風が近づいているらしいから、変わりやすい天気かも知れませんが。

 今日は実家の父が東京女子医大で輸血治療を受ける日ですが、義妹が付き添ってくれています。義母といい、実家といい、親が高齢になってくると気がかりな事がだんだん増えてきます。同世代の友だちや知人も、そういう人が多いです。で、そんな愚痴をこぼし合うと最後には「私たちが歳を取った時には、看て貰えるようなことは期待出来ない。今の介護保険制度だって、早晩破綻するだろうし、死ぬまで自立していたい」が決まり文句になります。切実な決まり文句。

 先の事を思い煩っても仕方がないし、今を楽しむしかないんですけどね。

親たちの事 グループホームの家族会

 義母がお世話になっているグループホームの家族会が、午後からありました。出席率の良い事!出欠はとらなかったけれど、1ブロック9名なのに、うちのブロックだけでも10名いました。そう、ご夫婦での参加もあったから。
 
 施設スタッフからの報告は、想像通りというか、質問もほとんど出ませんでした。みんなおとなしくて発言とかしないのだけど、私は一番気になっていた事を聞きました。

 暮とか正月の事を質問するのはまだ早いかとは思いましたけど、こんな機会を逃すと聞けなくなっちゃうから。せめてお正月くらいは義母を家に連れ帰って上げたい気持ちはあるけれど、レンタルしていた介護ベッドや車椅子を返して不便になった家で、ちゃんと看られるかどうか不安があること。24時間体制で看てくれるスタッフと違って、家族の少ない我が家では義母に不自由な思いをさせるのが目に見えている事等々。

 みんな私の気持ちを分かってくれて、「正月くらいは家で・・・」という思いは看る者の側の当然な気持ちだけど、高齢者自身はどうなんだろう、という意見も出ました。家にいるとどうしても食べるものも制限出来なくなるし、生活も不規則になって、体調が悪くなってお義母さんを送り届けました、というご家族も。

 一番気になった質問「去年のお正月は何人の方がご自宅で過ごされたのでしょうか」に、「9人中2人が帰られました」という答えにホッとしたのは私だけではなかったみたい。

 在宅介護に限界が来て預ける事になったグループホームだったというのは、我が家が特殊だった訳じゃないのです。気持ちはあっても、実際に看るのは大変だということは認知症の高齢者を持つ家族は共通した思い。夫に押しつけられたように行った家族の会でしたけど、今日は他のご家族に会って、少し慰められた気持ちで帰ってきました。

親たちの事 父に付き添って

 1週間に一度、東京女子医大で輸血治療を受けている実家の父の付き添いのために、今日は早朝から出かけなければなりません。もうじき出ます。

 父は造血細胞はあるものの、働きが悪いとかで、ヘモグロビンの数値も血小板の値も正常値の10?20分の1程度。数値だけ見ると「よく生きてるなぁ」なんですけど、昨年の今頃に比べると食欲も出てきて、なんとこの頃では体重まで増加してきています。輸血に頼って生きながらえている父は、通院とは言えいわば延命治療。私としては父への諦めというか覚悟はもうずっと前から出来ています。

 それより気がかりなのは、そんな父を毎日看ている母の事。もともと股関節障害もちで、身障者の認定も受けている母は、虚弱体質ですけど、弱い体をむち打って父のために尽くしています。父は勿論、母も介護認定は受けていて、ヘルパーさんも一週間に3回は来てくれるのだけど。

 と書いている間に出かける時間が迫ってきました。雨が降っていなくて助かります。雨だとレインスーツに身を固め、玉川上水沿いの悪路を爆走すると泥しぶきがエライことになってしまうから。今日は気持ちよく行けそう。

 ウォークマンには10月5日にリリースされたばかりのサザンのニューアルバムが入っているのだわ。元気に行ってきます!

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